今回のテーマは「脂肪乳剤」です。
- どんなときに使うの?
- 脂肪乳剤を使うメリットは?
- いつから使用した方がよいの?
このような脂肪乳剤の「使用する理由」「理想的な投与の開始時期」についてまとめてみました。
現在日本で使用できる静注用脂肪乳剤は、大豆油を卵黄レシチンで乳化したイントラリポスのみ。
(※TPN製剤には、あらかじめ脂肪が混合された「エネフリード」があります。単独の脂肪製剤はイントラリポスのみです)
三大栄養素のひとつである「脂質」。
人体に必要不可欠な存在です。
それなのに、あの真っ白な姿をみると、
輸液として脂肪乳剤を投与するってなんとなく抵抗がある…
という方は少なくないのではないでしょうか。
脂肪乳剤の重要性に関しては、静脈経腸栄養ガイドラインにも示されています。☟
静脈栄養施行時には、必須脂肪酸欠乏症予防のため、脂肪乳剤は投与しなければならない⇒グレードAⅢ
静脈栄養施行時には、肝機能障害ならびに脂肪肝発生予防のために脂肪乳剤投与は有用である⇒グレードAⅢ
引用:日本臨床栄養代謝学会 静脈経腸栄養ガイドライン
私の勤める病院では、NST発足後、段々と脂肪乳剤を主治医からオーダーして頂けることが増えてきました!
この記事を読めば、こんなことが分かります!
- 脂肪乳剤を使用する6つの理由
- 脂肪乳剤の使用を開始するタイミング
それでは、はじめていきます!
どのようなときに脂肪乳剤を使うの?
脂肪乳剤を使った方が良い患者さんはこちら!
- 胃切除などの消化管術後、腸管安静が必要な絶食中の患者さん
- 胆嚢炎や急性膵炎で、消化管から脂質を投与できない患者さん
- 精神疾患や重度の嚥下障害があり経口摂取が困難。長期にわたって十分な栄養を摂取していなかった患者さん(経鼻胃管チューブなどで消化管に栄養剤を投与できる場合(腸を使える場合)を除く)
- 炎症性腸疾患により長期にわたって成分栄養剤エレンタールのみ摂取されている患者さん
結局のところ、脂肪乳剤を使うのは、長期にわたって(2週間以上)静脈栄養が必要な場合だったり、腸管から十分な脂肪を投与できない場合ってことです!
なぜ脂肪乳剤は重要?脂肪乳剤を使う6つの理由
もちろん、目的は脂肪とエネルギーを補給することなんですが、静脈栄養中に脂肪乳剤を使うと色々なメリットがあります。
理由はこんな感じです。
- エネルギー源の確保(糖質・水分負荷の軽減)
- 必須脂肪酸欠乏の予防
- NPC/N(非蛋白カロリー窒素比)の改善
- 血管痛・静脈炎・血管外漏出の予防
- 脂肪肝の予防
- 細胞膜の構成成分や生理活性物質(プロスタグランジン、ロイコトリエン等)の供給
ひとつずつみてきます。
1.エネルギー源の確保
言わずと知れた話ですが、3大栄養素である「脂質」は、他の栄養素「炭水化物(糖質)」「たんぱく質」と比べてエネルギーが高いです。
脂質1g=9Kcal
糖質1g=4Kcal
タンパク質1g=4Kcal
脂質はエネルギー効率が最も良い。
脂肪乳剤を使うことで、糖質の負荷を軽減し、糖質の過剰投与を防ぐことができます。
下で詳しく説明しますが、糖質の過剰投与は脂肪肝の原因にもなります。
末梢点滴の場合や心腎疾患があって投与できる水分量が限られている場合でも、少量で高エネルギーの脂肪乳剤の使用で輸液のカロリーアップが可能となります。
2.必須脂肪酸欠乏の予防
全く脂肪を摂取(投与)しなかった場合、必須脂肪酸欠乏症は、小児では約2週間、成人では約4週間で発症するという報告があります(発症時期は文献により多少の差あり)。
必須脂肪酸とは、人体で生合成できない、または必要量が足りないために、食物から摂取しなければならない脂肪酸。一般的には、n-6系のリノール酸(アラキドン酸)とn-3系のα-リノレン酸です。
アラキドン酸は、生体内でリノール酸から合成されますが、必要量が多いために必須脂肪酸と位置づけられています。
必須脂肪酸欠乏の症状を載せておきます。
リノール酸(n-6系)の欠乏 | α‐リノレン酸(n-3系)の欠乏 |
---|---|
①魚鱗癬(ぎょりんせん)状皮膚症状 ②血小板の減少 ③心電図異常 ④創傷治癒の遅延 ⑤肝小葉中中心性脂肪沈着(脂肪肝) | ①知覚麻痺 ②知覚異常 ③倦怠感 ④歩行不能 |
生体膜の構成成分である脂肪は、不足すると皮膚がガザガザになって魚のウロコのような状態(魚鱗癬状)になります。そして脂肪肝も欠乏症のひとつ。覚えておきましょう!
イントラリポスの原料は大豆油で、n-6系脂肪酸が主成分。
約60%がリノール酸とα-リノレン酸で構成されているので、投与することで必須脂肪酸欠乏を防ぐことができます。
必須脂肪酸欠乏の予防に有効な「脂肪乳剤の投与目安量」
必須脂肪酸欠乏は、次のいずれかの投与で予防できるといわれています。
- 20%脂肪乳剤 50mL/日
- 20%脂肪乳剤 100~250mLを週2回程度
3.NPC/N(非蛋白カロリー窒素比)の改善
静脈栄養時のNPC/N比は、150〜200程度が最もタンパク質合成効率が高いということがわかっています。
NPC/N(非蛋白カロリー/窒素比)とは?
投与された栄養中の『タンパク質(アミノ酸)以外のエネルギー量(糖質や脂質)/窒素量(g)』のこと。アミノ酸が効率よくタンパク質の材料として活躍できるかを確認する指標。最適なNPC/N比は、静脈栄養時150~200、経腸栄養時120~150といわれる。
(参考:「治療に活かす!栄養療法はじめの一歩」清水健一郎)
末梢静脈栄養(PPN)でよく用いられるビーフリード。
アミノ酸加糖電解質輸液製剤で、それだけでは無脂肪の輸液です。
ビーフリードは糖質の量に比べてタンパク質が多く含まれているため、NPC/N比は約64。
とても低い!!!
NPC/N比が低い場合、腎機能障害がある場合は「高窒素血症」や「高アンモニア血症」をきたす恐れがあります。
そのため、ビーフリードに脂肪乳剤を併用することで、NPC/N比を適正化する(NPC/N比を上げる)という技を使います。
ビーフリード1000mLに、20%イントラリポス200mLを併用すると、NPC/N比は149まで上がります。(合計820kcal、アミノ酸30g)
タンパク質(アミノ酸)投与量の明確な上限の指針はないので、侵襲の程度やBUNの推移をモニタリングしながら投与します。
参考までに、とある管理栄養士さんの話では、タンパク質投与量は、腎障害が進行していない場合BUNが50mg/dLを超えない程度が望ましいと考えているとのことでした。
4.血管痛・静脈炎・血管外漏出の予防
末梢静脈栄養(PPN)の場合、脂肪乳剤を併用することで輸液製剤の浸透圧を下げて血管痛や静脈炎、血管外漏出を予防する効果があります。
末梢静脈から輸液を投与するとき、安全に投与できる輸液の浸透圧比は約3までとされています。
「浸透圧比」とは?
血漿浸透圧との比のこと。血漿浸透圧の正常値は285±5mOsm/Lなので、浸透圧比「3」の浸透圧は、840〜870 mOsm/Lとなります。
浸透圧比が3以上の輸液を末梢血管から投与すると、血管痛や血管炎、血管外漏出が起こります。
ビーフリードの浸透圧比は約3と高め。末梢血管から投与できるギリギリの浸透圧です。
脂肪乳剤の浸透圧は血漿浸透圧とほぼ一緒のため、脂肪乳剤の浸透圧比は約1です。
血管痛や静脈炎は、ビーフリードのように高めの浸透圧輸液により、末梢血管が傷つけられて炎症を起こした状態。血管の痛みや腫れが起こる副作用です。
高浸透圧のビーフリードに脂肪乳剤を混合して投与することで、浸透圧比を下げ、静脈炎を起こすリスクを軽減できます。
浸透圧比3以上の輸液を使用する場合は中心静脈から投与する必要があります。
5.脂肪肝の予防(糖質過剰に伴う代謝合併症の予防)
脂肪乳剤が投与されていないTPN療法中(無脂肪下での糖質過剰投与中)に起こる代謝合併症に、脂肪肝、肝機能障害があります。
つまり、脂肪肝・肝機能障害にならないために脂肪乳剤を投与します。
「脂肪肝予防に脂肪を入れるの!?」と違和感がある方もいるかもしれませんが、
必要なエネルギーを脂肪を使わずに糖質(または糖質とアミノ酸)だけで補給しようと思うと、そうとうな量の糖質が必要になります。
代謝されない余分な糖質が肝臓に貯まって脂肪肝を引き起こすと、いずれ肝臓が障害されて肝機能異常が起こります。
結果、ブドウ糖だけの投与を続けて脂肪肝になるのです。
発症機序はこんな具合です。☟
過剰な糖質を投与
↓
高インスリン血症
↓
肝臓で脂肪の合成が高まる
↓
脂肪肝・肝機能障害を発症
臨床においてよく見かける合併症で、肝機能の指標であるASTやALT、ALPなどの数値が上昇します。
また、脂質(&アミノ酸)が不足すると、アポリポタンパクという物質が合成できなくなります。
アポリポタンパクには脂質を輸送する働きがあり、アポリポタンパクが不足すると、肝臓の脂質を外に運べなくなります。
よって、肝臓に脂質が貯まるしかなくなります。
また、上で説明したように、必須脂肪酸欠乏が原因で「脂肪肝」にもなりえます。
6.細胞膜の構成成分や生理活性物質(プロスタグランジン、ロイコトリエン等)の供給
そもそも脂質は3大栄養素のひとつであり、細胞膜や生理活性物質の構成成分。
そして誰もが多少は蓄えている、皮下脂肪や内臓脂肪の主。(言い方が的確か不明)
生体の機能維持に、脂質は必要不可欠です。
いつ頃から投与を開始すればよいの?
先ほど話したとおり、必須脂肪酸欠乏症の予防をの補給や代謝合併症の予防など、脂肪乳剤の重要性は高いです。
脂肪乳剤の使用開始のタイミングは、重症患者や禁忌がある患者でない限り、静脈栄養開始とあわせて投与したい。
特に低栄養状態や脂肪摂取が少ない高齢者の場合は、必須脂肪酸欠乏が予期されるので、できるだけはやめの投与を検討します。
ですが、血栓症や高脂血症、感染症の患者、ICUなどで集中治療を要する重症患者に対しては使いどころが難しいです。
添付文書の禁忌事項
重篤な肝障害・血液凝固障害、ケトーシスを伴った糖尿病、血栓症、高脂血症
高脂血症、特に血清トリグリセリド(TG)値が300mg/dL以上だと、脂肪乳剤が十分利用されない可能性があります。
重症患者ガイドラインでは、脂肪乳剤の使用について以下のような記載があります。
引用:日本版重症患者の栄養療法ガイドライン
- 経腸栄養が施行できていない場合、静脈栄養が10日間以内であれば、大豆由来の脂肪乳剤の投与は控えることを弱く推奨する。
- 経腸栄養が施行できていない場合、静脈栄養が10日間以上であれば、大豆由来の脂肪乳剤を投与するべきであるが、至適な投与量に関する根拠は不十分である。
脂肪乳剤投与時は中性脂肪が直接血中に投与されるため、血清トリグリセリド(TG)値は必ず上昇します。
そのため、投与後は血清TG値が異常高値を示さないか、定期的なモニタリングが必須!
特に、血清TG値が1000mg/dLを越えるような高TG血症は急性膵炎のリスクがあります。
早朝空腹時の血清TG値が300mg/dLを超えるなど特別な理由がない場合に、脂肪乳剤の使用を検討しましょう。
脂肪乳剤を使用できない場合はどうするか…
経口摂取、経腸栄養摂取しか方法はありません。
できるだけ早期に経口摂取や経腸栄養へ移行して脂質を摂取する必要があります。
まとめ
使用禁忌がない場合は、なるべく早期に脂肪乳剤を使用しましょう!
次回以降、脂肪乳剤イントラリポスの「特徴」や「投与速度」、「使用するうえでの注意点」について共有します。
参考にさせて頂きました!
1)レジデントのための食事・栄養療法ガイド(日本医事新報社)
2)治療に活かす!栄養療法はじめの一歩(清水健一郎)
3)メディカルスタッフのための栄養療法ハンドブック(改訂第2版)(佐々木雅也)
4)攻めの栄養療法実践マニュアル
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